漂流する超本能
実体化しようとTry and Errorを繰り返したことは、そこに明確な理由があったというよりもむしろ、脳が自ら獲得した特権である超本能の出力に大きなトルクが掛かった、それに尽きるのではないか。
生活と主義
我々が一歩を踏み出すときには、必ず自分の体重を前に放り出すだけの力を、元居た場所に残していかなければならない。何の犠牲も無しに前進できる世界など無い。どんな取引であれ利潤だけを得ているという判断はただの勘違いである。
殺伐とした世の中で
自分自身は寿命という制限時間に縛られた存在だが、生きているこの瞬間は常に制限時間という枠組みを超越している。なので、投資は将来へのリスクヘッジではなく、この瞬間をどう生きるかに直接かかわる投資が僕にとってやはり魅力がある。
見えないもの
今ある世界は、実は長い長い人類の流血の上に成り立っていると言って決して過言ではない。もしも彼らの流血が無かったのなら、いま、我々が自らの血を流して闘っていなければならないはずなのだ。
心配り
ほとんどの個人は、自分自身のバイタリティのピークをかなり過ぎた後になって、他の誰かよりちょっとでも賢く生き抜くためのノウハウを奪取しようと懸命になる。
先を越された
自分が多く稼ぐには、便利なツールを真っ先に導入し、誰よりも早く使いこなす。誰にも先を越されないうちに。二倍のスピードで、十倍の効率で物事を処理して、他と差を着けなければならない。食事も子作りもそういうスピードで済ませればよい。
完結に至る途上で
作品はより多く生産されることを望まれ、同じ完成作品をより低コストで、より短期間で製造することを善とするようになる。そこで実際には、制作者の動機はもしかしたら軽んじられてしまったのかも知れない、と僕は想像する。
都市に潜むもの
宗教的に隣人愛を唱えずとも、人は誰しも別の誰かを惹きつける魅力と、それによって愛を受け取る力を、皆持っているのだと気付かされる瞬間がある。
フィルムで撮影する
ストレスから解放されるためにヴァカンスに出掛けるというのは、もしかしたら単なる言い訳に過ぎず、人はそもそも歩いて、違う景色を見ることを糧として生きて来たのかも知れない。
記憶を育む
数万年のあいだ、ひたすらに獲物を狩って生活していたその頃の人間が、いかに見事な術をもって野生の熊と対峙し、それを捕らえて食していたか。紛うことない優れた立ち居振る舞いだったに違いない。

