ほとんどの個人は、自分自身のバイタリティのピークをかなり過ぎた後になって、他の誰かよりちょっとでも賢く生き抜くためのノウハウを奪取しようと懸命になる。

自分が多く稼ぐには、便利なツールを真っ先に導入し、誰よりも早く使いこなす。誰にも先を越されないうちに。二倍のスピードで、十倍の効率で物事を処理して、他と差を着けなければならない。食事も子作りもそういうスピードで済ませればよい。

作品はより多く生産されることを望まれ、同じ完成作品をより低コストで、より短期間で製造することを善とするようになる。そこで実際には、制作者の動機はもしかしたら軽んじられてしまったのかも知れない、と僕は想像する。

宗教的に隣人愛を唱えずとも、人は誰しも別の誰かを惹きつける魅力と、それによって愛を受け取る力を、皆持っているのだと気付かされる瞬間がある。

ストレスから解放されるためにヴァカンスに出掛けるというのは、もしかしたら単なる言い訳に過ぎず、人はそもそも歩いて、違う景色を見ることを糧として生きて来たのかも知れない。

数万年のあいだ、ひたすらに獲物を狩って生活していたその頃の人間が、いかに見事な術をもって野生の熊と対峙し、それを捕らえて食していたか。紛うことない優れた立ち居振る舞いだったに違いない。