作品の“意味”を定期的に問われるのは、何かしら意図を持って僕が制作に挑んだのだと思われるからに相違ない。人間の行動には意味がある、のかどうかは知らないが、そう考えたいのが人間である。

その世界で頂点が在るのであれば、頂点の存在はその下の重厚な土台、膨大な堆積物を必要とする。堆積物の量が膨大であればあるほど、頂上は羨望の眼差しで仰ぎ見られることになる。

数え切れない人々が駅構内の乗り換えや出口へと縦横無尽に行き交う。全ての動きは悉く一直線だ。どれも限定的決定的で、時間軸にも進行方向にも選択肢は無い。効率化と合理性は知らぬうちに僕の呼吸を浅くして、僕らの日々は気付かないうちに朦朧としている。

ジョジョの生き方は、この御時世では時流にそぐわない身勝手なそれだったと判断されるのは仕方がない。しかし、ジョジョの、犬としての本能から言えば、ジョジョは犬としての誠を貫いたのだろうと思う。

その記事にはびしょ濡れで不自然に身体を強張らせたまま、舌を無造作に出して眼を閉じているジョジョが写っていた。紛いも無くそれはジョジョだった。

病状の回復とは裏腹に、なんとなくジョジョの様子は不自然な気がした。何かに焚き付けられたように早朝から夕方まで、家を留守にすることが増えていった。