知性難民
人類の進化という観点から考えると、AIの台頭は間違いなく我々の日常生活をさらに便利に高効率に変革するが、同時に、当然ながら依存の危険を大いに孕んでいる。
完成された循環
一人の人間が生まれて、その人生を生きるというのは、何も特別なことではない。過去20万年に渡って繰り返されたそれぞれ個別の苦行である。
能力汚染
他人をいくら出し抜いても、それは運まかせのシーソーゲームでしかないと気付くだろう。自分の勢いは永遠に続くものではなく、むしろ我々が恐れている通り、ここぞと言うときに頼りにならないのは、ほかでもない自分自身になるのだ。
世界を支えるディテール
生きていれば必ず共有化できず短縮できないプロセスに行く手を阻まれ、実際に自分自身で辿らなければならないディテールを目の当たりにするはずである。たとえそれが取るに足らない詰まらぬことであっても、である。
自由意志の自由
世の中の全ての事象が不確実でいて、どんなことも起こり得るというならば、せめて自分一人の意志だけはときとして揺るがないものであったとて、恐れるほどのことでもないと思うこの頃なのだ。
barter
“人生“という言葉を使うとき、ひとは他の動物と人間を区別している。しかしながら人間は、人生を生きると同時に動物としても生存していかなくてはならない。
ひとつの弱点
同じ時間を費やすのならば長所を磨くために努力することのほうが有効だと広く信じられているが、ひとつの弱点にいずれ自身の足が掬われる、ということはあまり顧みられない。
見えないここ
ある惑星が他の惑星の重力に抗えないのとほとんど同じ様子で、人間も互いの存在の影響から自由になれた歴史はなく、物質が重力に捕われたまま運命を預けてしまうように、人間も自らの感情の支配から無重力に至ることはない。
突き刺さること
我々人間自身が自ら家畜化していると云われる現代において、命の役割と生きる意味とを独学で発見するというのは、殊のほか荷が重い。