犬の系譜 其の七

 納屋に入って、ジャンニに事の仔細を尋ねたが、ジャンニ自身はジョジョを知る友人からの言伝えだということで、ジャンニ本人はジョジョの姿を確認したわけではないのだった。轢かれてしまったという事故そのものはすでに金曜日の出来事だったらしく、それが事実ならば僕が家を出発したその日の出来事である。ジャンニはジョジョの無残な姿を見たくなかったからと、ジョジョを探しにすら行かなかったらしい。情報提供してくれた友人に事の仔細を問いただすことも無く、その話を少しも疑わずに鵜呑みにして信じたようだった。案の定、金曜日の朝からジョジョは帰宅していないという。

 残念ながらイタリアで日曜日の夜だなんていえば、娯楽の用事以外はいかなる電話連絡も禁止というくらいに私用の電話はしないことになっている。一般的イタリア人は日曜日を誰にも邪魔されずに極楽平穏に過ごさなければならない、という任務が課されているのだ。いかなる理由があろうと、由緒あるイタリア人の掟を破る権利など世界中の誰にも与えられていない。僕は出来得る限りの情報を得ようとジャンニに詰め寄ったが、ジャンニはその情報をもたらしてくれた友人の連絡先さえ分からず、たまたま通りすがりに出くわして、事故のことを聞かされただけ、と言う。致し方なく僕は翌朝まで我慢することにし、動物病院の先生にだけは迷惑を承知で、金曜日以降、万が一にでも通りすがりの善人がジョジョをどこかの病院に連れ込んだ、という幸運なことがなかったを尋ねるためにWhatsAppで連絡した。Cassinoの街のどこかであるが、どの通りで事故が起きたのかも全くわからなかったし、その時点ではジャンニの友人の拙い証言と、ジョジョ自身の不在以外に事の詳細は全く不明だった。

 翌日、とにかく僕は朝一番でCassinoの中心街へ行き、自転車であちこちを走り回った。幾人かの友人にも事の成り行きを伝え、金曜日以降、誰かしらがジョジョを病院に連れて行ったりはしていないか、事故の目撃者はいないか、情報提供を募る旨を拡散してもらった。

 残念ながら僕は道端にジョジョを見付けることはできなかった。もしも見つけられたとすれば、それはすなわち轢かれてそのまま放置されていたということである。金曜日の出来事であるとすれば時間が経ち過ぎているのは明白だった。Cassinoのゴミ収集を管理する業者や、交通事故に遭った野生動物の処理を担当する役所直属の業者にも問い合わせたが、思い当たるような犬は回収していないとの返答だった。そうこうしているうちに友人から一報が入った。Cassino 在住の有志で運営されているWeb専門のCassino情報サイトがジョジョの事故をすでに報じていたのだ。掲載されたのは金曜日の午後、事故の直後に記事にされたのだった。その記事にはびしょ濡れで不自然に身体を強張らせたまま、舌を無造作に出して眼を閉じているジョジョが写っていた。紛いも無くそれはジョジョだった。