心配り
昨夜、大学時代の同級生と久々に再開した。共通の知人宅で催される夕食会に奇遇にも彼女も僕も招待されていて、そのお宅のすぐ近所にある洋菓子屋さんでばったり鉢合わせとなった。
大学時代の同級生と再開するような機会はこれまでにほぼ全く恵まれることがなかった。僕自身が卒業と同時に人里離れた田舎にアトリエを構えて、世捨て人のような生活に移行してしまい、しかもまともに身を立てる前に海外へ移住してしまったために、友人知人との繋がりはほとんど全く閉ざされたままの現在である。
芸術家を目指すならば並大抵の覚悟ではままならん、と意気込んで、大学を卒業して間もなかった僕は自らの日常生活にいろいろと制約を課した。世に名前が知られるまでは、あるいはしっかり稼げるようになるまでは、それまでは世間を捨ててとにかく修行僧のように生活しなければなるまい、などとストイックな振りをしながら芸術家を目指したのだった。誤算があったのは、ストイックに振舞うことと作品が世に受け入れられるということのあいだに、相関が証明されているわけではないということである。
かれこれ30年振りだったが、彼女の方は30年前の面影を今も残している、それどころかほとんど以前のままで、今風のヘアスタイルとメイクで、30年経った今の社会に馴染むというか、むしろリードしているような先鋭さすら感じられた。一方、僕の方は、毎朝鏡で見る自分の老けぶりにすっかり諦めモードの中高年で、クライシスに備えるどころか来るもの拒まず状態がデフォルトである。学生当時の面影はもうとっくに消え失せている僕自身であるが、それにもかかわらず、よくもまあ僕と気付いてくれたものだと彼女に対して有難く思った。
一見すると余り主張し過ぎない柄であるが、よく見ると色鮮やかな菊の花が立体的に描かれた、黒を基調にした着物だった。その夕の彼女が着物だったことに気付いたのも実はずっと後のことで、それほど彼女の着物が空気に馴染んでいたか、あるいは僕自身がその状況で何やら意識が散漫になっていたか、おそらくそのどちらともだったらしい。黒の留袖はなんとなく結婚式やお葬式の、あの墨汁のような重い黒を僕はいつもイメージしていたのだが、その夕の彼女の黒い着物は墨汁のそれとは異質な、とても軽やかな黒であった。卒業して間もなく、年上の男性と結婚し、数年の後に男の子を出産したと連絡を受けたが、きっと家庭は円満で暮らしも裕福だろうことはその佇まいで想像できた。
僕は自分の性格的な欠陥と、社交の極めて少ない日常生活のせいで、気の利いた振る舞いが殊のほか苦手である。つまり、社会人として、あるいは大人として、あるべき振る舞いをこなすのが苦手なのだ。その夕も、招いて下さった知人宅に手ぶらで出掛けてきてしまい、持ち寄る手土産を探していたところだった。カレンダースケジュールのアポイントメントを忘れないでいただけで、それに向けて必要な準備だとかには頭が一切回らない。僕はこの言葉を生まれてこのかた使ったことがないが、いわゆるTPOというやつで、そういう類のプラスαに対して想像力を動員させるという習慣が皆無である。
彼女の佇まいを見て、身繕いもまた大切な心配りなのだと気付かされた。僕は外出時には決まって羽織る登山用のウインドブレーカとユニクロのチノパンという出で立ちで、今夜招待してくれたファミリーに対して、「ご招待にあずかり僕はとても嬉しく思い、とても感謝しております、だからほら、今夜の衣装も特別なのです」という心境を微塵も感じさせないコーディネイトだった。自分の、他人を思い遣る気持ちの薄弱さというか、根本的な不備を改めて自覚した。今夜の夕食会にどんな客が招かれているのかも良く判っていないわけで、はやくも大失態の予感が湧いてきた。今にして思えば留袖を選ぶほどのめでたい夕食会であるということにすら、この時点で何の考えも及んでいなかった。
彼女の方は小さなハンドバックひとつを手に掛けているだけで、大袈裟な手土産はどうやら用意していないらしい。予定の時刻にはまだ余裕もあったからと、この洋菓子店を覗いたのだという。ぼくの方は予定された時刻に遅れてしまいかねない時間に家を出て、運良く地下鉄の乗り継ぎがとてもスムーズに行ったおかげでこの洋菓子店に立ち寄ることが出来たのだが、地下鉄の運行次第では、手土産さえも無しだった可能性すらあった。
僕にとってはパンデミック以来の久々の帰国であったが、時が経つのは本当に早い。うかうかなどしていられないのだが、一方で身体の方がいつもうかうかしたがるのが常だった。普段のイタリア生活で思うのは、現代社会の危機感の薄さである。振り返ってみれば我々現代人は、中高年どころか、産まれた頃からうかうかしている。ルネッサンス期の芸術家たちは二十歳そこそこで世界の美術史に残る傑作を完成させている。人として最もバイタリティに溢れる時代に、彼らは全身全霊を賭して創作に打ち込んだのだ。むしろ、物心ついた幼少期に、生きていくための手段をいち早く獲得させるべく、両親から強制的に世間に放り出されたり、あるいは自ら、自分の脚で歩を進める覚悟を、その幼さで獲得する時代だったのかも知れない。
現代社会にあったとて、人類の平均寿命は延びたものの、やはり生物としての、最もバイタリティ溢れる時代というのは古今東西それほど変化はないはずだ。それぞれの個人にとって最も大切な時期を、現代では両親の保護下で、高校や大学に通いながら将来に対する準備期間に宛がっている。むしろこの時期に沢山の本番を経験することでしか成し得ないことがあるにもかかわらず、現代ではそんな現実に一切、眼もくれない。ほとんどの個人は、自分自身のバイタリティのピークをかなり過ぎた後になって、他の誰かよりちょっとでも賢く生き抜くためのノウハウを奪取しようと懸命になる。
この社会の中で、僕らは何やかんやと世間の波に乗ることを要求される。目指す方向が定まったとして、その進路に向かって様々な手続きを踏まなければならない。自由ではあるが、様々な条件に縛られてもいる。事に当たって意識を集中させるにも、いつも条件付きで見返りを気にしながら算段する生活が常である。
僕が彫刻家を目指して生活そのものを見直したのも、恥ずかしながら大学卒業後である。遅い。本来ならば人としての社会性を身に着けねばならないだろう時期に、僕はアトリエに籠って世捨て人になって、気が付けば社会性を身に着ける機会を逸した。ダサい言い訳である。せめて芸術家として一目置かれているのなら、社会性の欠如も世間は大目に見てくれるのかも知れない。しかしながら芸術家としてもうだつの上がらない場合は、ただもう残念な中年男、という以外の枠組みが見つからない。
彼女の息子さんもそろそろ成人の筈である。つまり世代がそっくり一巡した、ということだ。なんてこった。このままうかうかし続けて、次の一巡を迎える頃には自分が収まる墓の目途も立てなければならない。
「この髪飾り、実は生花なの。○○さんの御婦人、この花が凄く大好きだと聞いたことがあって。それでこの花を探したんだ。帰り際に生け花としてお渡ししようと思って」
見事な柄の留袖にとどまらず、着物の柄と見事にマッチした、素晴らしく活き活きとした彼女の髪飾りに眼が留まって、思わず凝視していたら、彼女がそう説明してくれた。
「へえ!」僕は俄かに驚いた。そんな逆おもてなしのような秘儀が存在するのか、そんな方法もアリなのか、と。
考えてみれば手土産というのは気持ちの問題である。そして最も重要なのはその気持ちを内心抱いている、ということはもとより、気持ちを可視化、或いは物質化、延いては何かしらの行為へとトランスフォームさせ、昇華させることである。招かれた客としてはそれが手土産であり、その日のためにあつらえた衣装であり、招待する側としては会場のセットアップであり、おもてなしのイベントの細かなディテールである。この種のイベントではお互いがそれに向けてコストを掛けて準備するもので、いくら気持ちの問題とは言え、一般的に、感謝の気持ちは言語化のみでは不十分で、プラスαをデフォルトとし、そちらの方に重きが置かれるのが通例らしい。
衣装の一部に使った髪飾りを、敢えてホストへのプレゼントに役割転換させるというアイデアは、よくある礼儀作法のQ&Aには出てこなそうな裏技のように思えた。生花として使える花が頭に刺さっていること自体にも驚いたし、明智小五郎が真犯人を前にして変装の仮面を剥ぐときの、あの強引な展開と天地茂の開き直りを、僕は俄かに想い出した。いずれにせよ先駆的である。
僕の頭を剥き身にして、中身を徹底的に調べ上げたところで、こんな画期的発想は見つからない。いざという時に役立つ、妖しく光る宝石のようなアイデア、なかんずく社会性に関わる事柄において一切の妙案を僕は持たない。僕の頭の中身はきっとおまけ程度に血の通った灰褐色で、砂金採掘現場の、キラっとするものが何も見当たらない地層のような、どうにも有り難くない均質さを称えていると思われる。
いずれにしても、そういう先駆的アイデアを思い付く以前に、この手のイベントや慣習について思索を練ることすら非日常である僕にとっては、自分の日常生活における他者不在を改めて自認したのだった。
この期に及んでそれらしい礼装に着替えるというわけにはもちろん行かず、とにかくも僕に残される最重要ミッションは、招いて下さった主人宅に相応しい手土産の調達以外にはない。迷っている猶予も無い。とにかくポテンシャルの高そうな洋菓子を発見し、ゲットすることなのであった。この際、味は選択条件外として、ここは見た目のインパクト、そのわりには値段設定が愛らしい、という組み合わせの“タッチャブル”な品の発見、これこそが今の僕に発動されたミッションである。
ショウケースに並んだ洋菓子のどれ一つとしてその味は分からない。食べたことも無いし、見るのも初めてである。残念ながらここの洋菓子は西洋のくせに東洋じみたワビを取り入れているのか、見た目が妙に地味である。インパクトを求める僕にとって選択の難易度はすこぶる高い。
ショウケースを凝視していると、店内に突然、何かの音楽が流れだした。どうやら閉店の合図らしく、レジに立つ店員さんの目つきも、一分前のそれとは違う、希望を称える輝きすら放っている。おへその上で組まれた掌と、僅かに張られた胸元の軽やかさが、形勢はすでに逆転したことを物語っていた。視線の先はあくまで抽象的な空間に合わせながら、店員さんのほほえみは歓待のそれではなく、確信した勝利にほくそ笑んでいるようだった。
僕にとっては絶体絶命のピンチそのもので、いよいよテンションも上がろうぞ、というところで覚醒した。
大通りに面した窓のシャッターは降りたままで、僅かな隙間から外はもう明るくなっているのが知れた。7時の目覚ましアラームである。洋菓子店の閉店コールではなかった。ここはトリノのアパートだ。帰国などしていなかった。
この日の夢のように、与えられたミッションをどうにかして貫徹しようとするのだけれど、全ての因子がそれを拒み阻止するかのように、状況はいつも僕に対抗勢力として迫ってくる。僕はミッションを貫徹できずに袋小路に追い込まれ、あの手この手が全く通用せずにエンディングを迎える、そんなエピソードの夢を見ることが多い。
実生活では、身体を酷使しながらもどうにかミッションを貫徹し、実感としては気づきにくくとも着実にステップアップを続けている、わけではない。どちらかと言うと、僕はいつもミッションの期限に間に合わず、提出はするのだが須らく期限切れで、ステップアップのための階段に、足を一歩かけては、また元の足場に後退りする、というその場行進みたいな振る舞いが僕の日常である。歯を食いしばって命懸けで期限を厳守していれば、階段を一歩一歩上がれるのかも知れないが、何故だか僕はそこに執着できない。歯を食いしばるのは、追い詰められた自分に対して自身の迫力を持って拮抗しようとするレジスタンスみたいなものだが、僕にはそれが欠けている。それをいつももどかしく思うし、やってみれば拮抗することも、やってやれなくはないのかも知れないのだが、いざとなると拮抗しようとせず、レジスタンス部隊はいつになっても編成されない。その後ろめたさがいつも夢になってぼくを脅迫するようである。
自分が苦手としていることを、自分自身が自覚しているからこそ、こうやって夢のなかで僕は僕を脅迫するのであろう。脅迫するのはこの世知辛い世間ではなく、意識下の僕自身のはずである。夢の構造を僕は理解していないが、現実的に考えて自分以外の他者が僕の睡眠中の夢に直接介入するというような、スピリチュアル的発想を僕は持っていない。そうするとつまり、意識下の僕は現実世界での僕の生き様をむしろ疎ましく思っていて、自分自身の不徳を反面教師のように、ネガティブサンプルとして僕の意識に訴えかけているように見える。しかしクーデターを起こせるほどの覚悟は意識下の僕にも無いみたいだ。
脳と意識の作用はかくも不可思議なものである。
今回の夢の中でも、大学時代の友人は世間で求められる社交性を見事に実践し、夕食会に招待して下さったご婦人の好む花をわざわざ髪飾りとして、自身の衣装に取り入れ、さらにはその生花を、髪飾りとしての役目を終えそうな帰り際に、今度は手土産として再利用する、というダブル特典付きで主人のもてなしにお応えする。そういう気の利いた親切心、他者を思い遣る心に乏しい僕に対して、僕自身が反面教師として自己を振り返るよう夢の中で促すストーリー展開なのだが、髪飾りをそのまま、遅ればせながら持参品として手土産にする、というアイデアも、元を辿るとそれは社交的な友人のアイデアではなく、意識下の僕自身の発想であるのだから不可思議この上ない。会の終わった帰り際で衣装の一部を手土産にするというのは、よくよく考えると、日常的にあらゆるものを再利用しようと企むケチな僕自身の些末な発想だと思えてくる。こんな作戦は世間一般のおもてなしルールに抵触するに違いなく、この辺りのディテールに物語としての仕上がりの悪さと偏りが見られる。個人の夢ならではである。
脳科学の世界では、人間の意思決定において自由意志は介在しない、という見解が定説になっているようである。誰にとっても俄かには理解しにくい学説であるが、最先端の科学において、最新の観測機器を用いて実験してみると、脳の振る舞いにおいて、“個人の自由意志“に先行する電磁信号が常に基盤として脳に存在するらしいのだ。もしもその仮説が正しいのならば、フィレンツェのアカデミア美術館にある、ゴリアテに向けて投石しようとしているダヴィデ像ですら、ミケランジェロの意思とは無関係に、彫刻家の自由意志とは無関係に、彫られるべくして彫られた立像と理解すべきなのだろうか。
僕はただ単に、計測機器の未発達による、電磁信号の計測不備なのだろうと高を括っている。超鋭敏な計測機器が誕生すれば、今は計測できない電磁信号が新たに発見されたっておかしくはない。
いったいどんな夕食会だったのだろう、と夢の余韻に浸りながら、スリッパ代わりにしている雪駄を足に掛け、僕は寝室からキッチンへよたよたと向かった。
顔を洗う、部屋着に着替える、トイレに行く、コーヒーを淹れる、これらが朝のルーティンなのだが、幾千回と起床していても、ルーティンの順番は決まっていない。この前は顔を洗いながらシャツを濡らしてしまったから、濡らしても良いように着替える前に顔を洗おうか。昨夜はちょっと多めに白湯を飲んだからか、先にトイレに行きたくなってきた。でもその前にコーヒーを準備して火に掛けておけば、コーヒーの待ち時間を節約できるな。でも一旦トイレに行くつもりになってしまったから、俄然、尿意が強くなってきた。視界に入った窓の外に目をやると外は昨日までの曇り空が消えて、すっきりと透き通った晴天である。しばらく窓を開けて空気を入れ替えて、洗濯の準備をするか。自由意志の存在が定かではなくとも、日々は雑務から始まって、毎日なんだかんだと順不同にそれらに片を付ける。
髪飾りの花はサルデーニャで見たクリザンテーモだったな、と僕はさっき見た夢に少し脚色した。

