記憶を育む

 彫刻家としての日々の作業は、案外、多岐にわたる。自宅に籠って新しい作品のアイデアを練る作業、そのアイデアを実際の材料に落とし込むために必要になる設計の工程、晴れて実制作に挑む際に仕入れなければならない材料の手配、その材料から制作に必要な部分を切り出したり、曲げたり、削り出したりする作業の外注先の選定などなど。外注加工は例えば金属板のレーザーカット、必要ならばカットされたものをさらにベンダーによる曲げ加工を施したり、形状が円筒形で複雑であれば旋盤加工が必要になるし、立体的な加工であれば多軸フライス盤が必要になることもある。 これらの作業を自前で行うにはそれぞれに大掛かりな機械が必要で、それらを導入するには投資額が大きすぎるし、彫刻作品は大量生産を前提としてはいないので、そもそも投資額を回収できない。外注加工の済んだ材料を作業場に運び入れるべく運送業者との遣り取りが済めば、いよいよ僕自身の手で制作を始める段階になる。僕の彫刻の制作にはこれらのステップを踏むのが通常の習わしである。彫刻家とは言え、実際に作業場で制作作業をするのは、僅かとは言わないまでも、全行程の一部でしかない。それでもひとつひとつの作品には完成までに僕自身の作業でさえ数ヶ月の期間を要する。

 僕はあらゆる意味で多感な青年期に、彫刻という表現形式と、その世界に集っていた様々な作品のうちの一部を眼にした。もしも別の大学に行っていたら、あるいは大学に行かずに就職していたら、別の世界に流されていたのだろうが、一過性の人生における巡り合わせで、僕は彫刻の世界に足を踏み入れた。しかし足を踏み入れたからと言って僕自身が様変わりして別人になるようなことはなく、あくまでも僕が、その世界に、僕が感じる仕方で魅了されたのであり、多方向からの介入が可能な、それでいて割と限られた小さな世界に、行き当たりばったりという具合に分け入り、その事態を時間をかけて徐々に自分で受け入れた。

 多方向から介入が可能な世界に、僕が感じる仕方で魅了され分け入った、というのはつまり、二十歳そこそこの僕がそれまでに経験したことを踏まえて、僕なりの視点や感受性をもって彫刻の世界に魅力と可能性を見出し、自分なりの覚悟をもって参入することにした、という意味である。そしてそれは30年経った今でも、おそらく根っこの部分では大方、原形を留めていると実感している。

 現代社会において、人々の生活形態は益々賢く振舞うように更新されている。賢いという言葉の定義をわざわざ再確認するつもりはないが、文明の利器が進化するスピードはとても人間の生身の身体では付いていけなくなってしまった。これまでなら数日を費やしたことをものの数秒で貫徹できるし、数年かかっていた事柄を数時間で完了できる世の中が現代である。あらゆる事柄に着手するための手段が、日々更新されていく。賢く立ち回ることが出来れば、あなたはあなたに与えられた制限時間の中でより多くの結果を手にすることが出来る。

 賢く在る、ということから得られる福利が魅力溢れるのは当然で、同じ苦労をするならより多くの結果を得たいのが人情である。

 但し、我々はヒトである以前に動物でもある。霊長類のトップに君臨していると我々は自称するが、霊長類というカテゴリーさえ自前で考えた呼び名で、括った枠である。広い視野に立てばドングリの背比べにも似た、ようするにどんな優位点においても高が知れている、と考える方が無難である。つまり我々が頭で考えつくことは、やはり局所的な視点であるのは否めず、特に環境や世界や宇宙を論じようとするとき、中立な視座に立つことはどうしても難しい。世界中の有識者の意見を統合したところで、一つひとつの意見は世界から見ればアリンコみたいな視点でしかない。どこまで行っても人間中心であるのは否めないし、どんなに理性的客観的であろうとも、事象を分析するのはこの小さな脳ミソ以外に無い。そして我々が動物であるという事実は、何よりもまず、動いてなんぼ、というのが実際には幅を利かせている。思考作業はあくまでも手掛かりであって本質にはなりにくい。

 実際に歩いた経路は直接身体に記憶される、ということである。霊長類であれ、我々は動物である。植物と並んで、地上に存在する代表的な生命体のひとつである。そしてこれらの生命体にとって、全てに当てはまるのが、存在における記憶の重大性である。肉体が辿った経路の記憶は意識的であれ無意識的であれ、体内に貯蔵される。この事実は生命体における記憶の有用性をそのまま物語っている。つまり、記憶が無用の長物であるのなら、あるいは記憶を司るシステムが必要でないのならば、記憶の持たない存在が地上の生命の主要形態として優勢を極めていておかしくない。しかし現実はそうではなく、生命体には記憶を貯蔵するシステムが内包されている。そのシステムが常に一瞬先の世界に対処するための手掛かり足掛かりとなっている。

 現代では賢く在ることで多くの結果を得ることを約束しているが、本当の意味でこの複雑極まりない世界の一瞬先にまともに応じられなくなっているのが実情ではないか、と僕はひとり勘繰っている。

 テーマパークにあるような巨大な体験型迷路でしか、あらゆる意味で方向性を見失うような状態は経験されないと思いがちだが、もしもまともに記憶を醸成出来ないならば、我々の日々の生活は体験型迷路と同じ様相を呈するだろう。翻って現代社会において、一体どれほどの人が道に迷っていることだろう。少なくない人がいつの間にか八方塞がりの状態で動けずに佇んでいる。途方に暮れるというよりはむしろ怯えている。

 有るべきはずの記憶を持たないことが、きっと一瞬先の世界で戸惑わせるのだろう。自身の進路に迷う、それはAかBか、というレベルではなく、選択できずに途方に暮れる、極度の孤立状態に陥るかのようである。

 自分で歩いて来たのなら、最悪、来た道を戻ることは出来る筈である。しかし、飛行機で到着して、裸一貫で突然降ろされた場所では、路頭に迷ってしまう。一歩を踏み出す、その初動を司るのを自分自身の何に任せれば良いのか、拠り所すら思い当たらなくなってしまったかのように。

 もしも、自身が歩いてそこに至ったのなら、拠り所など必要ない。自分自身がそこに至ったことを保証している。戻るなり、先に進むなり、決断と行動はいくらでも可能である。何か別のものに頼るということは、自ずと自分以外のものを拠り所とするしかなく、いざ、頼れるものが何もないという時に、たった一人では身動きが取れなくなり、そうなると消えて無くなる以外にその状況から脱する術は無いと感じてしまう。飛行機で移動中に、突然裸一貫で降ろされることなど無い、と高を括ることは出来るが、それは例えばスマートフォンのバッテリーが突然落ちる、あるいは全ての通信が突如遮断されるようなことで簡単に起こり得る。ありふれた今日の日常生活は有線無線の通信に頼ってこそやり過ごすことが出来る。それを一切不能にされるのは、現代生活ではもはやテロに近い、考えたくもない脅威である。

 だからと言って、文明の利器を全て排除して生きることなんて出来はしない。僕らは生まれた頃から既に、インフラの整った環境と、まともに読むのに何年かかるかわからないような六法全書で管理される社会に生きている。好き勝手なことをしていればそれなりの制裁を受けるし、既にあるインフラを使わないという生き方は別の孤立を選択するだけ、という厄介な立場に置かれている。なるほど、現代社会に生きるのはそもそもこういった見えない困難から始まるのである。

 昨今、冬眠前の熊に出くわしたり、悪い場合は襲われてしまう件があちこちで報道されている。大雑把に見れば、地球環境が温暖化によって変容し、野生動物の食料がこれまでのように自然界にもたらされなくなったことに因るらしい。近視眼的は、我々を襲う危険のある熊は駆除の対象にせざるを得ないのだろうが、大切なのはきっと、再び自然界に彼らの食料を確保できるようにすることであろう。そして現実問題、自然環境を元に戻すことと、現代人の社会生活レベルを維持することのあいだで起こる葛藤が、何も改善できないままに問題をただ先送りにしている。つまりもうCO2は増やしません、と世界中のあらゆる油田の井戸に蓋をして、原油生産を止めたり、天然ガスの採掘を全て中止する、という選択肢は誰も欲しない。しかし、火を使えばCO2の増加は避けられないし、既に地球環境はそろそろ後戻りが出来ない状況に到達する。

 我々がA地点からB地点へ移動することと火を燃やすことのあいだには何の関係もなさそうだし、まして手紙のやりとりを瞬時に電子的にやることの背後で、沢山の火を燃やしていることなど誰一人自覚的ではないようだが、実際、我々は何をするにも火を燃やしながら行動するライフスタイルになっている。後戻りとは、地球に四季があり、雨の日は傘を差して過ごし、森の動物は森で平穏に暮らし、全ての生き物は無償で呼吸して酸素を受け取ることが出来る、という今まであった場所へ、ということである。これからは暴力的な酷暑と、破壊を前提とした豪雨と、呼吸の度にデトックスを要求する空気を吸わなければならない世界に突入するのかも知れない。

 先に述べたように、地上の生命体は記憶を貯蔵することで、一瞬先の世界に応じることができるわけだが、たとえば昨今の熊にしても、かれらは野生の動物として自然の中で狩猟採集をして生存しているので、生きるために獲物を狩る、というのが進むべき方向であり、彼らにとっての一瞬先の世界は、狩猟採集を戦略的に有利に方向付けることである。犬や猫よりも知能が高いとされる熊だから、生きることに対する初元的な感情は有している筈である。快楽や愉悦、怒りや悲しみも必ず内に秘めている、と僕は考える。熊の子供がいつの時点から親元を離れて、単独で獲物の狩りをするのかは知らないが、上手いこと獲物をしとめたときはきっと感慨に耽るだろうし、美味しい獲物であれば、その味わいを堪能することだろう。当然ながら彼らも生活の中で体験できる豊かさを受け取る権利を有し、それを実感しながら暮らしている。

 熊に襲われて絶命し、熊の身体の一部となるべく食べられてしまう動物は、捕らわれて絶体絶命の状態になると、たとえそれが子鹿であっても、幼いながらにしっかりと死を受け入れるのだから、個体の記憶というのは本人のそれまでの経験以上に、種としての記憶もどこかに備えて生まれているのかも知れない。生態系の上位に在るものが、下位に在るものを襲って食べる現実は、否定され得ない自然の現実であり、捕食される方の、あの、命を預ける姿は、運命を受け入れる覚悟と再生への悟りを得ているかのように見えてしまう。

 人間が農耕や牧畜を始めたのは僅か数千年前からであるが、それ以前において人類は現代の熊同様に狩猟採集を生きる手段にしていた。

 日々は獲物を得るためのサヴァイヴァルそのものであった。サヴァイヴする、というと、劣悪な環境でギリギリ生きながらえる、という印象を受けてしまうが、生きるとはそもそも明日の保証の無いものである。あらゆる瞬間を命懸けで生きていたことを想像すれば、そこに積み上げられる経験は非常に凝縮された濃厚なものであったに違いない。それらをより高く積み上げた者が持つ価値は、周りから崇められ、尊ばれたのである。数万年のあいだ、ひたすらに獲物を狩って生活していたその頃の人間が、いかに見事な術をもって野生の熊と対峙し、それを捕らえて食していたか。紛うことない優れた立ち居振る舞いだったに違いない。東北地方にはマタギという生業が最近まで現存していたが、彼ら一人ひとりはきっと充実した素晴らしい経験と記憶を有していた筈である。何故ならそれは人類が獲得した遺伝的形質を最もふさわしい仕方で活用する生存方法だったからである。しかし残念ながら現代社会に生きる我々にとって、マタギの生き方はもはや得ようにも得られない崇高な物語になってしまった。

 そういう過去が現実に存在していたことを考えれば、もしも仮に熊が人間に獲られ、食されてしまうとしても、熊はそれを覚悟出来るのだろうと思う。何故なら熊は野生動物として、捕らえることの記憶も、捕われることの記憶も、個体としてはもちろん種としても保存している筈だからである。

 生きることの悦びを、我々は現代のあつらえられた世界からどうにか見出さなければならないが、そもそも生きる上での悦びはサヴァイヴすることの中に満ち溢れていた筈である。様々な文明の利器を生まれた時点から与えられている我々だけが、生きることの悦びを特権的に得られるのではない。それは全く逆で、悦びはむしろ命を引き換えに生きる覚悟から得られるものに違いなく、自然の動物たちは我々よりも遥かに深く、なにより自然に、生きる悦びを実感しているに違いない。

 彫刻家としての日常からこの文章を始めたのは、自分の生活において、僕は果たして自分の命を本当の意味でサヴァイヴしているのか、を問うためである。芸術という生業そのものが社会の役に立たないという根幹的ジレンマを抱えているものの、どんな職業であれ与えられた責務を果たすことはサヴァイヴと言えるかもしれない。だがしかし、それはあつらえられた檻に入れられ、生存そのものを配給の如くに分け与えられる生活、という括弧付きのサヴァイヴではないだろうか、と僕自身は自分を疑うのである。この社会に文句を言いたいのではない。世間は、我々が生まれたときには既に、デフォルトとして組み立てられてそこに在ったのだから、その中に産み落とされた僕たち一人ひとりに、そこから逃れる術は基本的には無かったろうと思う。それはそれとして、現代の社会生活の中で僕らが悦びを感じにくい、というのも恐らく事実である。生きていられればそれで良いではないか、生きていることがそれだけで儲けもの、というのは些か方便じみてはいるものの、それも真実で、それはその通りであるのだが、悦を実感し体感できる生き方を僕らは失ってしまった、というのが現実ではなかろうか、と僕は秘かに疑っている。それはきっと遠い昔に、生存の危機に幾度となく晒された我々の祖先が、犠牲と経験とひらめきから、一つ一つの小さな危機を回避する術を編み出し、保証ある生存をほんの少しづつ獲得していったことから始まったのではないだろうか。もちろん、先人が築いた礎は貴重で偉大な宝物であり、それこそが人間の人間たる所以でもあるのだが。

 先人たちの選択を非難するつもりはないし、人類の原罪を説きたいわけでもない。どのみち死ななければならない命を与えられながら、身体的にも精神的にも病むことが当たり前になりつつあるこの社会で、全うに生きることを僕らは選択できるのか、あるいは見出すことが出来るか。それは人類にとっての課題であると僕は考えている。

 僕にとって唯一、悦に近いと思えるのは、作品を自らの手で完成させる瞬間である。それは言わずもがな、そこまでの道のりを自分自身で到達する過程に支えられなければ得られない。

 彫刻家にとって一体何が一瞬先の世界を確信へと導くのか。それはきっと単純に僕の経験と身体的記憶、さらに種としての記憶と言わざるを得ない。経験と記憶が制作の流れをあらゆる意味で方向付けると僕は信じている。どのように造るのか、という制作工程の先見はもちろん、何を造るのか、という社会との対峙の先見も含めての流れであり、その意味で経験とは明日の記憶すらもどこかに隠し持っている。

 完成された作品が評価されるかどうか、売れるかどうか、というのは、もちろん僕の生活に関わる疎かにできない事項だけれども、そのことが僕の、一瞬先の世界へのアプローチと、それに必要な創造性に影響を与えることは、正直言ってほとんどないだろうと思う。作品はただ、自分自身の一瞬先の世界との格闘である。

 創造とは明日の自分にどこまで肉薄できるか次第であり、制作作業においては、自分が一瞬先の世界をどれほど明確に獲得できるかどうかである。そしてその末に、完成という悦を得られるかどうか。この流れにのみ、僕にとっての作品という証しがある。

 自然の植物も野生動物も、生を受けたことに拘りを持っているようには見えない。むしろ、生き続けることを諦めず、明日と命懸けで対峙することが、かれらの本質に思える。彼らは皆、人知れず黙って消えていくのだが、須らく消えた者によって今日が支えられ、今を生きる者がいる。同様に、芸術を始めることに特筆すべき重要性はなにもない。ただ創造を諦めないことだけが事の本質なのではないか。そして創造を支えるのはやはり昨日を生きて歩いた記憶なのだろう。